木崎伸也 / 世界は日本サッカーをどう報じたか

footballistaのライターとしてもお馴染みの著者による新書。FIFAワールドカップ南アフリカ大会で日本代表が戦った4試合を各国のメディアがどう報道したのか、それを試合内容および試合結果と照らし合わせて分析し、日本が「次」へ進むための道を探る。参照されるメディアは、スペインのマルカやカナル+、イタリアのガゼッタ・デロ・スポルト、フランスのレキップ、ドイツのキッカーなど、フットボールファンならこれまたお馴染みの名前が並ぶ。

本書の序文は決勝トーナメントのパラグアイ戦の終了後から幕を開ける。内容自体も非常に印象的だが、構成としても効果的で、本書の性格・立ち位置を明確にしている。その一部を引用させていただく。

プレスカンファレンスの席に岡田監督が着き、質疑応答が始まったとき、「なぜ勝てなかったのか」と責める者はもういなかった。最後の質問に答え、岡田監督が直立して頭を下げると、会場の記者たちから大きな拍手が起こった。
持てる力のすべてを出し切った。
そんな充実感が、会場を包み込んでいた。

しかし、ミックスゾーンに現れたあの選手だけは、周りとは違う熱を持ち続けたままだった、
本田はミックスゾーンが終わる最後の場所で立ち止まり、じっと記者たちの目を見据えて、牙をむき出すかのように答えた。
「日本人でも、パラグアイ人でもなければ、見ていない試合だった。見たくなるような選手はピッチには1人もいなかった。それがすべてです」
三者にとっては、とても見ていられない試合––––。
本田はそのことに試合中から気がつき、誰よりももどかしく思っていたのだろう。日本の選手が持っている技術を考えれば、もっと良いサッカーができるはずだ、なのに決勝トーナメント1回戦という世界中が見ている大舞台で、日本はほとんど守ることと、走ることしか示せていない。
つまり、フットボールをできなかった、と。
ミックスゾーンから去る本田の背中を見たとき、もう試合の余韻に浸ることなどできなかった。

  • 『世界は日本サッカーをどう報じたか』P.5〜6より

この引用部分は、前半が感傷的な内容で、後半がそれとの決別となっている。ここからは、いつまでも情緒的でいることに別れを告げ、「次」へとつなぐための道を探る著者の意思が感じられる。

その道標として使われる海外メディアの報道は、試合内容を反映した率直なものとなっている。だから結果に加えて内容の良かったデンマーク戦は絶賛されているが、それ以外の試合は酷評の対象にもなる。日本が勝利したカメルーン戦を、ドイツの実況と解説(ギュンター・ネッツァー)はその内容から「今大会のワーストマッチ」と言い切る。カナル+のアナウンサーはデンマーク戦を「日本は良いプレーをしている。ブラジルのようだ!」と絶賛した一方で、パラグアイ戦を「見るに耐えない」と評した。後者に関しては当然、日本だけではなくパラグアイも酷評されている。当たり前のことだけれど、美点は賞賛され、欠点は批判されるものだ。詳細は本書を読んでいただければわかるが、各国メディアの中立的な報道からは、日本の長所と課題とでもいえるものが再確認できる。

もちろん、「海外の目をそんなに気にしても仕方ない」という向きもあるだろう。著者もそれには自覚的であり、その点も次を目指すためのステップのひとつとして、本書の中で消化されている。

個人的な感想としては、かなり楽しんで読んだ。特に海外メディアの批判的なコメントが興味深い。FIFAが公開している各種データとセットにして読むと、的を射ていると感じる部分も少なくないし、なにより、デンマーク戦の絶賛と続くパラグアイ戦の酷評からは、前者にあって後者で失われてしまったものと、それに対する彼らの失望が見えてくる。仮に日本の試合に無関心だったら、彼らも批判なんてしないだろうし、だからこれは、ようやく日本も批判を受けるような立場まで来たということでもあるのだろう。

ぼく個人も、ワールドカップ前は日本代表に対して冷ややかな視線しか持ち合わせていなかったが、大会をとおして改めて興味を抱くようになった。次の4年に向けて、はたして日本はどんなフットボールを自分たちのスタイルとするのか。期待しつつ見ていきたい。